『Basser』2026年4月号の特集は、「オワラナイ ツリグノ ハナシ。」だ。
率直に言って、読んだからといって明日からの釣果が倍増するような、最新のノウハウやシークレットテクニックが載っているわけではない。
だが、長く釣りを続けていると、こういう号ほど心の奥底に静かに響いてくるものだ。
ページをめくって並んでいたのは、釣具の魅力を伝えるようなコラムではなく、道具と人のあいだに積み重なった濃密な時間の物語だった。
誰がどうやって釣ったか、ではなく、誰がどんな道具を愛し、なぜ手放せないのか。
本を閉じたあと、使い古したルアーや傷だらけのリールが、いつもと少し違って見える。
そんな余韻の残る一冊だった。

「オワラナイ ツリグノ ハナシ。」が語る、関係・時間・物語…。

今月号の特集を読んでまず感じたのは、ここで語られているのが「性能」ではなく「関係」だということだった。
現代の釣り業界において、どの道具が優れているか、どうすれば効率的に釣れるか、最新テクノロジーがどれほどの飛距離を生み出すか…そうした客観的なスペック情報なら、スマホを開けばいくらでも手に入る。
しかし、なぜその道具を手放せないのか、なぜこれほど強烈に惹かれるのかという、極めて主観的な情動は、案外どこにも記されていない。
釣具とは、本来は魚を騙し、掛け、手元に引き寄せるための工業製品に過ぎない。
だが、自然という不確実なものを相手にするからこそ、道具は単なる無機物の枠を超え、釣り人にとっての「相棒」や「精神的な支え」へと姿を変える。
今号の『Basser』には、マニアックなルアー蒐集家から、最前線で戦うトップトーナメンターまで、多様な釣り人が登場する。
彼らが語るのは、いかにその道具が優れているかというプレゼンテーションではなく、いかに自分がその道具に執着しているかという告白に近い。
たとえば、魔改造を施されたルアーに対する偏愛や、特定の浮き姿勢に10年向き合い続ける男の情熱。
あるいは、親から子へと受け継がれるロッドに込められた話。
そこにあるのは「良い・悪い」という単純な評価軸ではなく、「好きか・そうでないか」、もっと言えば「自分の釣りに必要不可欠か」という極めて個人的な尺度の集積だ。
『Basser』の今月号がこれほどまでに面白かったのは、釣具をカタログ的な情報としてではなく、釣り人との血の通った関係、そして物語として描いていたからだと思う。
釣具は魚を釣るための道具だ。
ただ、それだけで終わらないからこそ、釣り人は道具の話をいつまでもしていられるのだろう。
ステラの話に宿る、ひとりの釣り人の時間。

個人的に最も引き込まれた記事のひとつが、黒田健史によるステラの話だった。
「ステラがなければ僕はバスプロになっていなかった」という強いタイトルが冠されたこの記事は、日本最高峰のバストーナメントで戦い抜くプロの根幹に触れるものだ。
記事が追うのは、初代ステラから現在に至るまでの軌跡だ。
だが不思議と、読後に残るのは「ギアがどう進化したか」「スプールがどう変わったか」といったスペックの変遷ではない。
胸を打つのは、ひとりの釣り人が少年時代に抱いた憧れや、過酷な勝負の世界で背中を押してくれた存在、そして今の場所へ至るまでの、目に見えない「時間」の重みだ。
黒田自身の人生とリンクした歴史だからこそ、ステラは最高級スピニングリールという枠組みを軽々と超えていく。
現場での絶望や歓喜、そして常に手元にあった冷たく頼もしい金属の手触りまでもが、文章から滲み出ている。
「釣具の歴史」というものは、機能の追加や軽量化の記録として語れば、ただの年表で終わってしまう。
何年モデルにどの機能が追加され、何グラム軽量化されたか。
それは情報としては正しいが、心を揺さぶることはない。
だが「人生と交差する道具史」となった瞬間、そこには圧倒的な熱が生まれる。
名機とは、単に突出した性能を持つだけでなく、釣り人の膨大な記憶と情熱を受け止める「器」としての強さを持っているのだと気づかされた。
現在も黒田は新しいステラの開発に携わっているという。
新モデルの進化には当然、期待が膨らむ。
だが、ステラという存在が特別な理由は、最新の性能以上に、釣り人たちが刻み込んできた途方もない情熱と時間そのものにあるのだと思う。
ディープX-200の物語が教えてくれる、ルアーは「釣る道具」以上のものになれるということ。

もうひとつ強く印象に残ったのが、ブランドン・パラニュークとメガバスをめぐる記事だ。
この記事に書かれていたのは、2025年のB.A.S.S.エリート第2戦で彼を圧勝へと導いたプロトモデルのクランクベイト『iPX』の単なる開発秘話ではない。
一人のアメリカの少年が日本のルアーに衝撃を受け、やがて最高峰の舞台でその血統を継ぐルアーと共に頂点に立つ。
そんな、ひとつの長くて美しい物語だった。
物語の発端は、子ども時代のパラニュークが「ディープX-200」に出会ったことだ。
太平洋を隔てた異国のルアーが、一人の少年のルアーに対する価値観を根底から覆した。
その初期衝動が何年も彼の中に燻り続け、やがてメガバスの伊東由樹との邂逅を果たし、『iPX』という新たな武器の創造へと繋がり、エリート優勝という最高の結果に結実していく。
こんな物語に触れると、ルアーはただのプラスチックや木の塊ではなくなる。
量産される工業製品であっても、そこに作り手の思想があり、使い手の人生が交錯したとき、ルアーは「釣るための道具」以上の意味を持ち始める。
何も知らずにただ結んで投げるディープX-200と、パラニュークのこの物語を知ったうえで投げるディープX-200は、もはや別物だ。
物理的な質量やアクションは同じであっても、そこにどんな憧れや時間が重なっているかで、キャストする人間の気持ちはまるで変わってくる。
ボトムを叩く感触の奥に、アメリカの広大な湖でこれを巻き倒した男の姿を重ねるかもしれないし、このルアーを生み出した日本人の情熱を思い浮かべるかもしれない。
釣れるかどうかという結果だけで見れば、ルアーはすぐに最新のものへと代替できる。
現代の優れたルアーたちは、どれを投げてもある程度の魚は連れてきてくれるだろう。
だが、
- 「これで釣りたい」
- 「このルアーが生み出す世界観の中に身を置きたい」
と心から思えるルアーは、そう簡単には置き換わらない。
物語が乗っかったルアーは、家でボックスに入れている時から、水辺で投げ続けるその瞬間まで、ずっと釣り人を楽しませてくれる力を持っている。
釣果だけでは測れない時間が、釣具にはある。
今月号を読んでいて繰り返し感じたのは、「釣りは釣り場だけで完結しない」ということだ。
水辺に立ち、キャストし、魚とファイトする。
もちろんそれが釣りのクライマックスであることに疑いはない。
しかし、釣りの時間というのはそれだけだろうか。
次の休みに向けて、部屋の床にタックルボックスを広げ、ルアーを選ぶ時間がある。
摩耗したフックを新しいものに交換し、針先を指の爪で確かめる時間がある。
リールに新しいラインを巻き替えながら、あのオーバーハングの奥へ滑り込む軌道を想像する時間がある。
「明日は雨だから、これを巻ききりたい」と一人で企む時間がある。
本来、そういう静かで個人的な時間まで含めて「釣り」だったはずだ。
ところが大人になるほど、情報が溢れるほど、私たちは結果だけを切り出して見てしまうことが増える。
「休日の限られた数時間で、いかに効率よく、多くの魚、あるいは大きな魚を釣るか」
という命題に縛られ、タイパ(タイムパフォーマンス)の波が釣りという遊びにまで押し寄せてくる。
もちろん、限られた時間の中で結果を出すためのシビアな釣りも面白い。
だが、その効率化の代償として、道具と向き合う豊かな時間を無意識のうちに削り落としてはいないだろうか。
『Basser』で語られていたのは、まさにその削り落とされがちな「釣りの余白」の部分だった。
道具を磨き、改造し、歴史を調べ、ただ眺めて酒を飲む。
釣り人にとって、道具と触れ合っている時間は、けっして釣りのための「準備作業」などではなく、それ自体が独立した極上の娯楽なのだ。
手入れをし、眺め、触れている時間まで愛おしい。
そんな道具があるからこそ、釣りは家へ帰ってからも決して終わることがない。
そう考えると、その日の釣果だけで道具の価値を裁断するのは、あまりにもせわしない。
釣具は、魚を連れてくるだけでなく、釣り人が過ごす時間の質そのものを、深く、豊かなものに変えてしまうことがある。
大人になってからの釣りに、もう一度「自分の世界」を取り戻すために。
子どもの頃は、もっと素直にルアーに憧れていた気がする。
釣具店に並ぶルアーを見て、
- 「これが今のトレンドだから」
- 「これが一番釣れるとSNSで言われているから」
といった理由で選ぶことなどなかった。
- 単純に造形がかっこいいから。
- 名前が強そうだから。
- 色が好きだった。
理由はそれだけで十分だった。
「釣れるから使う」のではなく、「これを投げたい」という強烈な憧れが先にあった。
そのルアーを水に浮かべること自体が喜びだった。
ルアーを巻いたときに手に伝わる感触だけでワクワクできた。
大人になり、経験を積み、情報にアクセスできるようになると、その純粋な感覚は少しずつ薄れていく。
いつの間にか、効率や再現性、あるいは誰かが決めた「正解」や、釣果主義という短絡的なフィルターが前に出てきて、「自分が何を投げたいか」という根源的な気持ちは後ろへと回ってしまう。
- 「プロやYouTuberが解説していたルアーを買い込み、同じタックルセッティングで、動かし方のコツも再現すれば釣れる」
- 「ルアーパワーがあるから投げればだいたい釣れる。使ったもん勝ちだし、実際に釣れる」
それは間違いなく正しい。
釣果を優先するなら、それが正解だ。
それで上手くなる部分、経験値として蓄積される部分は確かにあるだろう。
だが、それだけを繰り返していると、いつの間にか釣りが「作業」の集積になり、自分自身の内側にある情熱がすり減っていくような感覚を覚えることがある。
プロのトーナメンターとして生活がかかっているのならいざ知らず、私たち一般のアングラーにとって、釣りはどこまで行っても趣味であり、遊びだ。
競技でない釣りは、本来もっと自由で、自分の色で染まっていて良いはずだ。
「これなら釣れるだろうから投げる」という受動的な選択より、「自分がこれで釣りたいから投げる」という攻撃的な、そして、刺激的な意志。
その順番を入れ替えるだけで、見慣れたいつもの野池や湖も、また全く違う顔を見せるはずだ。
『Basser』で釣具への偏愛を語る彼らは、誰もが強固な「自分の世界」を持っていた。
周囲がなんと言おうと、自分が愛した道具を信じ、その道具で釣るというプロセスそのものを愛している。
大人になってからの釣りに必要なのは、そんなふうに自分だけのルールと美学で遊ぶことのできる、少しの頑固さと遊び心なのかもしれない。
まとめ。なぜ釣具の話は「オワラナイ」のか?

今月号の『Basser』は、明日から使えるノウハウが詰まった一冊ではない。
最新のルアーのアクションを解説したり、新しいリグの結び方を指南するわけでもない。
その代わり、手元の道具に対する視点や、釣りへの向き合い方を静かに変えてくれる力がある。
この雑誌を閉じた後、買ったばかりの最新の釣具ではなく、部屋の隅で埃を被っている古いタックルボックスを引っぱり出したくなる人もいるだろう。
何気なく使っていたいつものリールを手に取り、そこに刻まれた小さな傷に、過去の釣行の記憶という別の重みを感じる人もいるかもしれない。
あるいは、今まで一度も投げたことのない、これで釣れるのか確信さえ持てないルアーを、自分の世界を広げるために、次の週末に結ぼうと決意するかもしれない。
そういう内面的な変化は、決して派手ではないが、味わい深いものがある。
消費して終わる情報ではなく、釣り人自身の血肉となり、釣りの時間をより濃密にしてくれるものだ。
釣具は、ただ魚を釣るためだけのものでは終わらない。
自らの記憶や子どもの頃の憧れ、「どうしてもこれで」という切実な思いが重なれば、工業製品は世界にひとつの特別な存在へと変わる。
そんな特別な道具をひとつでも持っている限り、私たちの釣りは、簡単には終わらない。
だからこそ、「オワラナイ ツリグノ ハナシ。」である。そう思った。

Basser 2026年4月号 のレビュー

- 釣具を愛する釣り人たちによる、釣具のディープなお話を読める
- 今月号はノウハウやテクニックは少なめ
Basser 2026年4月号 概要

| 雑誌名 | Basser 2026年4月号 |
| 出版社 | つり人社 |
| 発売日 | 2026年2月26日 |
| 定価 | 1,320円(税込) |
Basser 2026年4月号の目次
- 20 憧れの釣り道具の愛し方 | 大室北洋
- 28 「最愛釣具」ほろ酔い居酒屋トーク | 梅本宏司×センドウタカシ
- 34 誰に憧れ、なにを買った? | 青木大介 | 赤松健 | 泉和摩 | 西根博司 | 松本光弘
- 40 誕生50周年 林宗朗が語る則弘祐と「バルサ50」
- 46 アンバサダーが好きだ | 三好一生
- 50 全部見て欲しいからフルサイズジグ | 菊元俊文
- 52 河辺さんの「足」のはなし | 河辺裕和
- 54 親から子へ 鬼形家の掟とは | 鬼形毅×鬼形隆之介
- 58 たったひとりでロッドを復刻した男 | 三川敏章
- 62 魔改造から芽生える愛 | 福永悠野
- 64 ログの浮き姿勢と向き合い早10年 | 横井丈史
- 68 藤田兄弟が少年時代に買ったあれこれ | 藤田夏輝
- 70 ミリオネアが壊れなくてよかった | 長谷川耕司
- 72 ステラがなければ僕はバスプロになっていなかった | 黒田健史
- 76 最愛のフェニックス | Dab×大野龍美
- 80 最後に
- 82 イヨシ、おごります!
- 84 B.A.S.S.ELITE SERIES
- 98 伊東由樹がかなえたブランドンパラニュークの夢
- 102 松下雅幸ロングインタビュー
- 108 天井破り | 三原直之
- 114 房総HOTSPOT
- 118 一木花漣×川越すず×橋本卓哉×水野浩聡 オプカンアングラー・トークショー
- 122 ファイト、ファイト、コジコジ!
- 124 新訳 バスフィッシング教書
- 126 センドウタカシの古今東西、私が愛したルアーたち。
- 132 編集スタッフがゴーマルを夢見て「今日も沼ります」
- 138 All About Basser Allstar Classic オールスターの話をしよう
- 140 The Japan Original
- 142 NPO ミズベ新聞
- 144 バサー図書室
- 144 日釣振ニュース
- 146 編集後記
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